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「が」の話

友人から興味深い話を聞いた。

東京では「私が書いた」というように使われる助詞の「が」は、通常の「が」の発音と異なるらしい。鼻濁音になり、アタックが弱くなる。大げさに言えば「んが」。標準語もおそらくこれに準じる。

我が強い

そらんじてみる。言われてみればひとつめとふたつめの「が」の響きが違う、ような、気もする。そもそも自分は住処を転々としていたのであまり標準語の発音に自信はないのだけれど。

これは ”山の手言葉”からの派生だそうだ。「ごめんあそばせ」「ざます」などハイソな言い回しが特徴的な言葉遣い。友人は山の手マダムであった祖母から幼少期に注意を受けて「が」の発音を矯正されたのだと話していた。

発音は無意識の塊だ。そして大げさに言えば”敵か味方か”をかぎ分ける要素にもなりうる。「が。」敵だ。「んが。」味方だ。もちろん自分と違う発音に惹かれることもあると思う。

学校で「は」と「が」の使い分けを教わっても「が」の発音は教わらないし、英語の「L」と「R」の発音をクリアしても、きっとこのような無意識の音の使い分けが星のように存在するだろう。違う文化圏、言語圏の人間に成りすますのは殊更難しい。

誰かに好意を持ったのは話の内容の前に、言葉遣いの前に、そのひとの発音のひとつひとつかもしれない。そんなことを考えながら「が」を聴いてみる。