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森山次第

夏派?冬派?といういつの世でも繰り広げられる議題がある。

おれは「夏は、服を脱いでも限界があり、対応のしようがない。だるい」の一本槍でこれまで「冬派」を貫いてきたのだけど、最近は冬も辛くなってきた。なにせ長い。体感として1年の半年は冬だ。春夏夏冬冬冬だ。秋はない。

おそらく一人暮らしをはじめた頃から冬がダメになってきている気がする。たとえ部屋を暖かくしたとて冷たい廊下、凍える着替え、上がり続ける電気代。自分の温もりだけで生きていくには限界がある。もういい、もういいだろう冬。思えば楽しい思い出はいつも夏のような気がする。花火大会、水遊び、例えそんな夏らしいイベントがなくても夏の夜の気候は一番ワクワクするものだ。

このような具合で近年は「夏の方がまだマシ」と冬にぼやき「冬が恋しい」と夏に嘆いている。これはもう夏派とか冬派とかそういう話ではない、気づいたろう、おれはただのわがままだ。

桜の花も散り、いよいよ季節が春めいてきた。ようやくこの死の季節も終わりを告げ、街中には周りを伺いながら春の歌が流れるだろう。直太朗が「さくらさくら」と歌えば春がはじまり、直太朗が「夏の終わり」と歌えば秋が来る。そう、そうやって地球は今日も回っているのだ。