梅雨が明けるまで外出ができない

やってしまった。

水に強い革靴を買おう買おうと思いながらグダグダしているうちに、ついに梅雨入りしてしまったのだ。

もう梅雨が明けるまでこの国に晴れが訪れることはない。水に強い靴を持っていないおれはそれまでのあいだ外出ができず、当然靴を買うことなど許されない。八方塞がりだ。

おれの手元には元から水に弱い革靴と、”水に強い!”という触れ込みを信じて買うもわりとすぐ水漏れしだして今やその面影もないゴアテックスの革靴の2足。心もとなすぎる。ヒトカゲイシツブテイワークとおれの革靴たちでハナダジムに挑んだら確実に返り討ちにあうだろう。

ここまで買うのをしぶっていたのにはそれなりの理由もある。足の幅が広く、かつ甲が高いという特徴のためにほとんどの靴が足にあわないのだ。試して試して、これなら履けると思った靴も結局外を歩くと1日でかかとの皮がむける。ましてや革靴なんてとくに生地が硬い。探すのが面倒、泣きながら買う、結局あわない、もう靴を買いたくない、カスミに勝てない、という負のスパイラルなのである。

Twitterでもつぶやいているひとを見かけたけれど、ZOZOスーツは一刻も早く足版を開発してほしい。家にいながらも安心して靴を選ぶことができるのだ。ZOZOからの宅配物ならいつでも受け取れる、おれは梅雨が明けるまで片時も離れず部屋にいるのだ。

 

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1歳の男の子とつかまり立ち

その昔子どもの写真スタジオに勤めていたことは前にも書いたが、いろんな家族を毎日見られるのは愉快な経験だった。

いくつか印象的だった出来事の中で、今日は1歳の誕生日だった男の子の話。※ただの思い出話です。

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子ども写真の最たる需要は七五三なのだけど、誕生日の記念に撮るというニーズもなかなかに多い。

誕生日撮影はレプリカのケーキと一緒に撮ったりするのだけど、1歳だとそこにつかまり立ちのポーズが追加される。この時期、足腰がしっかりしてきてつかまり立ちができるようになったり、早い子だと歩き始めたりするのだ。

で、その男の子の撮影である。順調にカットを進めていき、つかまり立ちのポーズになった途端よちよちと歩き始める男の子。おっ成長の早い子だ!かわいいけど写真撮りたいから止まってくれーと顔をにこやかにしながら思ってたんだけど、それを見た母親のテンションが異様に高い。どうしたどうしたと思ったら、

「はじめて歩いた…!!」

男の子、はじめて歩いたらしい。生まれて初めての一歩目が写真スタジオだったのだ。めでたい瞬間過ぎて笑ってしまった。

自分の子ども以外の第一歩目を見る瞬間なんてそうそうないだろうな、と感じた貴重な体験だったので強く記憶に残っている。その瞬間ちょうど目を逸らしてたその子の父親が、母親から責められていた。

運動音痴のひと20人でフットサル大会をしたときの話

イニエスタJリーグ入りでにわかにサッカー界が沸き立っている。

サッカーでふと思い出した出来事がある。それが”運動音痴限定フットサル大会”のことだ。

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歴史的なその出来事を語る前に”サッカーと北向ハナウタ”について触れておく。

今でも一番好きなスポーツというとサッカーを挙げるけれど、おれのサッカーの歴史は凄惨なものである。プレイ経歴をまとめると、

・小学校1〜2年(引越しにより退部)
・小学校5年生(なじめず退部)
・中学校1年生(つらくて退部)

ご覧の通りとにかく退部を続けてきたのだ。これだけ退部してきた理由はだいたい3つくらいあって、まず第一に、サッカー部にいる明るい男たちに馴染めない。声が大きくて怖い。第二にサッカーがヘタだ。全然うまくないのだ。そして第三に根性がない。こんな三拍子が揃ったらそりゃあやめるだろう。何度だってやめる。

それでもサッカーは好きだったので大学に入っても性懲りも無くサッカーサークルへ見学に行っては入部せず、社会人になってフットサルに呼ばれるも一度呼ばれたら次回は声がかからない、というような日々だった。

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 そんなある日、友人と「とにかく運動をしていないのでやばい」という話になった。そこでひらめいたのが冒頭の”運動音痴限定フットサル大会”だ。

みんな運動音痴だったらのびのびやれるのではないか? そう思った我々がTwitterで声をかけるとあれよあれよと20人が集まった。みんな本当は運動をしたかったのだ!

もちろん運動ができそうな人は丁重に断った。我々が萎縮してしまうからだ。「応援だけしにいってもいいですか?」という相談も断った。違うんだ、普段応援側にまわっているひとにこそ参加してほしいんじゃないか。それに客観視するひとが入ると萎縮してしまう。我々はすぐ萎縮するのだ。

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当日配ったレジュメ

外野から見えないよう完全個室のコートをレンタルして望んだ当日。結果から言うと大会は本当に楽しかった。みんな本当にヘタだった。すごいヘタだった。でもそれを笑う人もいないし、遠慮する人もいない。みんな精一杯に本気でボールを追いかけたのだ。

ドリブルで直進しかできない男がひたすら直進し、こぼれ球を女の子がシュートし、バーに跳ね返って上がったボールを別の女の子が必死にヘディングするのだ。こんな光景見たことなくて少し感動すら覚えた。

そうだ、我々は運動が嫌いなんじゃない。とにかく運動のうまいキャーキャーしたひとに囲まれて遠慮しながらするそれが苦手なだけだったんだ。

「また絶対やろうね」という話をみんなでして、それから一度も開催されずに3年経ってしまった。たぶんまだみんな筋肉痛が治っていないのだ。

I return without seeing 花粉

スギ花粉が落ち着いたー!と、勢いよくマスクを引きちぎりアレグラを床にぶちまけた途端に次の敵が押し寄せてきた。ヒノキ花粉の襲来である。


なんかスギと違う。目が痛い。”かゆい”とかではなく目玉を小さな針でチクチクずっと刺されているような感覚だ。油断してすみませんでした、と床のアレグラを拾い集めたのが一昨日のこと。皆様いかがお過ごしでしょうか。

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今年の花粉症界隈で話題になったアイテムがある。それが「花粉を水に変えるマスク」だ。大々的に広告を打ち、キャッチ―な商品名もあって花粉症でなくともご存知の方はいると思う。

花粉を水に変える。

果たしてそんなことが可能なのだろうか。マスクをこの時期の正装としている我々花粉族は、よくわからないけれどソワソワしていた。
「花粉が…科学の力によって水に変わるらしい…」
「高価だけど、科学の力によって何日も使っていいらしい…」
会話がフワフワしている。”科学の力”という万能な言葉にいいように振り回されている。

とは言え結構高価なマスク。気になりながらも自分では購入できないでいたのだけど、ひょんなことからこれを手に入れることができた。同じく花粉族の会社の上司がプレゼントしてくれたのだ。

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しかも一番強力なタイプ

会社でこのマスクのことをあちこちに吹聴していたのが良かった。4枚4,000円(税抜)。1枚あたり1,000円!1枚で1,000円のものなんてこの世にあるだろうか、おれは1,000円札しか知らない。

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で、まぁ使った結果なのだけど正直よくわからなかった。効いているかもしれないし、でも目はかゆいままだ。確実なのは”2~3日もすればマスクが毛羽立って使い物にならなくなる”という事実だけ。これは科学の力ではどうにもならないらしい。

このマスクについて擁護するつもりもないし、貶すつもりもない。だから”そのマスク眉唾ですよ”みたいな話にも興味はない。当たらなくてもワクワクする宝くじのように、”花粉を水に変える”という言葉は我々を確実にワクワクさせたのだ。
そうやって前に進んだり後退したりしながらいつかすべてが解決すればいいと思う。

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あと、どうしても「花粉を見ずに帰るマスク」と変換される。googleでさえ理解ができていないのだ。

元旦に大人5人で家族写真を撮った

ちょっときれいな話っぽくなりそうでずっと書こうか迷っていたのだけど、一人にでも伝わるひとがいればそれでいいなと思ったので、書きます。

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元旦に家族写真を撮った。

身内に子どもが生まれたから、とかそういうめでたい話があったわけでもない。きっかけは、勤めている会社から「てめぇら日頃お世話になっている人のためにコレ使え」という用途を限定された軍資金をもらったこと。

他の社員が親戚で旅行に行ったり、外食に行ったりする中でおれは何がいいかなと思案した結果が、”家族写真撮ろ”だったのだ。

家族のLINEグループでその話を持ちかけたところ、「なんでまた」「恥ずかしい」とある程度のブーイングが当然起きた。それでもまぁ同意を得て全員の予定があったのが元日。新年早々朝の10時から写真を撮ることになった。

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撮影は家からほど近い、その昔インターンで働いていた写真スタジオにした。実は新卒から数年間、写真館で働いていたのだ。当時のスタッフが一人だけ残っていて、覚えてくれていたのが嬉しかった。

思い出話はさておき、肝心の撮影はというと我々は予想外の健闘を見せ、お手本みたいな家族写真が撮れた。すごいよく撮れたのだ。両親+我ら3兄弟の家族写真。

「恥ずかしい」だの「元旦はゆっくりお酒飲みたい」だのぶーぶー言っていたクセに、みんな写真を撮られるのが得意だったのだ。もちろんカメラマンの腕が良かったからだろうけど。

なんなら発起人の自分が一番笑顔が下手くそだった。まぁいいんだけど、頑張れよおれ。スーツなどでかしこまらずにみんな私服で撮ったのが良かったと思う。両親をそそのかしたら父母二人だけの写真も撮ることになったのでそれも買った。

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インスタ映えだなんだ、若者は目の前も見ずに写真ばかり撮って、なんて言われたりもするけど、メモリいっぱいになるまで日常を写真や動画に残しておきたいと思う。どれだけ事細かに丁寧に言葉で説明したって足らないことはある。昨日に遡って誰かを、その状況を写真に収めることはできないのだ。

よほど今回の写真が気に入ったのか、両親が「遺影にする」と言っていた。また定期的に撮ればいいじゃんか、遺影更新してくぞ!

ロースケイの新曲『かなり恋っぽい』がかなり恋っぽい

えー、まずはとりあえずこの曲を聴いてほしい。

https://www.youtube.com/watch?v=VfAqhowPrkQ


ロースケイ - かなり恋っぽい feat. アベカワ

名曲である。

ロースケイ(@rosskeyy)のことを知らない方も多いと思うが、ここでは割愛する。知らない人のことは顧みず、すでに聴いている方々に向けて思いの丈を勝手に話していこうと思う。

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 昨日2月24日にリリースされたロースケイの新曲『かなり恋っぽい』。

YouTubesoundcloudで公開されたそれは、1日にしてすでに計6,000回に迫る再生数を叩き出している(もっと伸びていいと思う)。

おれは音楽理論などまったくわからないのでこの曲の良さをうまく伝える自信はないのだけど、「かなり恋っぽいなー!」と思ったので、恋っぽいと思った理由を自分なりに勝手に書き連ねていきます。

 1.恋っぽいハラハラする展開

 初めてこの曲を聴いた時に感じたのが「すごい展開するなー!」という驚きだ。特筆すべきは2番サビが終わったあと。

多くのポップスでは、Cメロがある場合「2番サビ→間奏→Cメロ→大サビ」と持っていくと思うのだけど、この曲では2番サビのあとに間奏をはさんで「いつだって僕らは 余計なことを堂々巡り」とCメロがはじまり、さらにもう一度間奏をはさんだらDメロの「ああ 今どうしてるの」へ展開。畳み掛けるように転調して最後の大サビに持っていく。

ぎゃー、である。ぎゃー、だ。

勢いのあるCメロを「今すぐ RING THAT PHONE!!!!!」で締め、わーこのままワクワクとラストへ持っていくのか、と思わせておいて、途端に落ち着いたああ今どうしてるの」なのだ。ジェットコースターだ。めちゃくちゃ振り回してくる。でも、そうだよね、恋ってそんなだよね、と頷いてしまうのだ。そうそう、それそれ、なのだ。

2.恋っぽい音とツインボーカル

で、それらを組み立てるのが恋っぽい音。もうこれは改めて言うまでもないけど何より男女ボーカルが素敵だ。ロースケイ4曲目となったアベカワ(@avecawasan)は前曲『FRIDAY』とは丸っきり表情を変え、これはもはやアイドルだなーと思わせる存在感。ロースケイと二人して完全にキラッキラしてる。少し恥ずかしがってついオシャレに濁してしまうところをアクセル全開でキラキラさせたのがこの曲の成功した点であり、プロデューサーロースケイのすごいところだ。

一度聴けばつい口ずさんでしまうメロディに、これまでの曲ではあまり多用されなかった煌びやかなストリング、後半になるにつれ遊びの増えていくベースラインなどドキドキさせる音が乗っかって我らがアイドルのツインボーカルである。おわー、相当に恋っぽいぞ。

3.恋っぽい幼さを残した歌詞

そして極め付けが恋っぽい歌詞だ。印象的だったのが主人公の幼さ。

ロースケイの曲といえばここ直近の曲を振り返っても、秘密の恋をゲームとして楽しむ『秘密にしよう』、”アベカワ史上一番エロい”こと『FRIDAY』、物陰に隠れてキスをする『ラブイズサイエンスフィクション』と、どちらかというと”大人の恋愛”をテーマに据えたものが多かった。

それに対して今回の『かなり恋っぽいぞ』である。タイトルイラストに引っ張られているかもしれないけど、登場人物の年齢はグッと下がり、まだ恋愛がはじまるか否かのせめぎあいに焦点を当てたストーリー。かなり、かなり恋っぽいぞ、と言う具合である。そもそも「恋っぽいぞ」なんて言葉思いつかない。ずるいと思う。

大サビの「寝不足の朝日がきついけど」も、多分”つい電話しすぎて朝になっちゃった”的な爽やかなやつだと感じたのだけどどうだろうか。『秘密にしよう』の「朝日の差す目が頷いて」の「朝日」とまったく違う朝日の使い方だと思ったのだけどどうだろうか。えー、どうなのー!ドキドキしてわからんー!えー!!

いったん落ち着こう

落ち着きます。まぁそういったわけで良い曲です。この記事はあくまでおれの主観なので正解でもなんでもない、一個人の解釈である。各自「私はこう思った」「ここが恋っぽいぞ」と感じていただければ良いと思う。というか、この曲についてぜひ誰かとそうやって喧々諤々語りたいのだ。話したいなもっと。

Wi-Fiで息継ぎ

先日仙台に行ったのが携帯を新調した翌日で、なぜかインターネットが繋がらずとにかくWi-Fiスポットを探して見知らぬ土地を歩き回った。

Wi-Fiの繋がる場所を見つけてはインターネットに接続して目的地や情報の見当をつけ、次のWi-Fiの繋がる場所へ向かう。インターネットのできない空間はまるで呼吸のできない水の中のようで、電波を捕らえてようやく息をつくこの所作は息継ぎのようだと思った。

東京に戻ったあと無事スマホはインターネットができるようになったのだけど、格安SIMに切り替えてから今まで意識していなかったWi-Fiスポットが目につくようになった。スマホが息をしたい息をしたいとWi-Fiを求めている、気がする。

もちろんそんな訳はなく自分の意思でWi-Fiスポットに向かうのだけど、すっかり携帯と電波に自分の行動を操縦されているなと思う。

今は上島珈琲にいる、ここは酸素が薄い。